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VOL10   ふぞろいなガイドたち--E子の真夏の夜の夢

こんにちはE子です。北海道の夏は本州から比べて涼しいと言われます。それは湿気がない事と、日中は30数度の暑さでも夕暮れ日が落ちるとともに気温が下がり、夜は過ごしやすいということでしょう。その夏の日の暑さから身も凍るばかりの一夜のお話しを紹介したいと思います。
場所は道東余り詳しくは言いません。営業妨害になってしまいますので。
時は7月の上旬。バス二台連行でN観光のお仕事で道内を1週する旅でした。
それぞれのバスに添乗員さんがついていて、お客様が2台合わせて90名添乗員さんが二人、運転士が2名ガイドが2名、騒々しいやら賑やかやら、お客様も愉快な方ばかりであっちでドンちゃんこっちでドンちゃん酒は飲むわカラオケは歌うわ、ガイドの言うことはきかないわ、添乗員は窓から突き落とされるわ(硫黄山での出来事でございました。詳しくは機会を与えていただければ又ゆっくりと・・・)、運転士には走行中に酒を飲まそうとするわ(誰にもいわねっから心配すな。ここにいるやつはみーな口の堅いやつばっかだ!:そういう問題じゃないって!)幹事は摩周湖第三展望台で酔っ払って置いていかれるわ(1号車に乗っていて、いきなり『添乗員さん俺2号車にちょっくら乗ってくから』、そう言って出発間際にバスを降り、車が出て5,6分。運転士がバックミラーを見て、幹事の××さん乗ってないんじゃないかって、無線で2号車に聞いて、慌てて戻ったら、途中で新婚さんのレンタカーに乗せてもらって追いかけてきていた。)とにかくまあまあ事実は小説より面白いという見本だった。
愉快!痛快!ほんとかい?という私がこれまであった中でも三本の指に入る破天荒な団体だった。ちらとだけ言うと神奈川県の奥に自称ものすごい田舎があって、ダムの水に埋もれた一族郎党とその仲間たちの団体だった。
その日も日差しがじりじりと照りつける暑い一日だった。いかに北海道は涼しいといったって、日中の気温が30度を超えるとクーラーをがんがんかけてもまだ追いつかない。おまけにこれは運転士とガイドだけしか分からない事だが、バスのフロントガラスは大きくて太陽の光を充分に取り入れる形になっている。一番前で座っていると暑くてたまらない。思わず制服を脱ぎたくなる。暑いからステップを上がって「皆様左に見えますは・・・」ってやろうとすると、「ガイドさん!駄目!飲みすぎて!一寸休まして!次のトイレ場所までお休みタイム。」なんて幹事が言い出す。
ええい、控えおろう!このマイクが目に入らぬか!このバスでの絶対的な権限は、ここにおわします天下御免のバスガイドが持っておる、と言いながら、「それでは皆様しばし休憩を取りますので、何かございましたら前のほうにお申し付けください。」とか言って、カンカン照りの日差しを吸収して、焼けたフライパンのようになったガイドシートに腰をおろす。
お尻が熱いお尻全部にお灸をしているみたいなもんだ。前から日差しがかっとにらんでくる。よっしゃ!休憩が終わったら、一丁涼しくしてやろう。
トイレ休憩のドライブインで2号車のK子に、例の怪談シリーズやるよ!って宣言した。図らずも2号車も同じ状態で、車内を涼しくするのはこれが一番と意見の一致を見た。
ドライブインを出発して皆も眠気ががさめたのを見計らって始めたのは、まだ北海道の開拓初期に、これから行く温泉地に通る道すがらダムで出来上がった人造湖があり、このダムは難工事に次ぐ難工事でついには人柱まで立てて工事を行いようやっと完成した、という、まあ言わば日本全国ダムに付き物のお話しを前振りとして行った。
それまでぴーかんだった天候が、一点にわかに掻き曇り、やがては渦巻く黒い雲。全天覆う雨雲は、低く垂れ込め陽を隠し、ついには降り出す夕立は、槍もかくやの鋭さで、いつしか帳も幕を引き、夜のしじまが背に迫る、目指すは今宵の宿なれど、におう雨音果て無き道に、じっと凝らした瞳の中に、浮かぶ灯りの宿提灯。
夕立のふるなかのバスの旅は、お客が寡黙になるナンバーワンでございます。あたりは次第次第に宵闇が迫り、先ほどから話していたダムによって出来た湖がしんとしたたたずまい見せています。 雨で煙るような湖畔は寂しく人影も無く、それは一枚の墨絵のような景色でありました。 「あ、ガイドさん!人がいる!」とバスの右手に座ってらっしゃった女性の方が言った。
「どこどこ?」
女性の指し示す方向はダムの上、この雨の中に何をしていたのだろう。
「ダムの堤防の上にね着物姿の女の人がいたよ。」
しかし、指し示す方角には誰もいず、第一ダムの堤防の上は長いコンクリートの通路状になっていて見を隠す場所も無い。薄暗いなかにポツッと灯りが堤防の上を照らしていました。
「またあ、誰もいないじゃん。」
「○○ちゃん、なに夢みてんの、まだ夜には早いよ。」
「いとしい彼氏の夢でもみたんだろ。」
「俺でよかったら代わりになったげるよ。」
もう、いきなりバスはセクハラの嵐。ちょっと可愛い子だっただけにからかうほうも力が入っている。
「へんだなあ?確かに人が居たんだけど。」
彼女の見た人影は影も形も無い。夏の雨は粒が大きく、湖の水面を叩く雨音がバスの中にまで響いてきていた。
ザーザーザー。
雨音は切れ目が無く、それ以外の音を吸収してしまう。
ザーザーザー。
車の窓の外は雨が煙る中薄闇の無音の世界となっていた。
バチバチバチ。
バスの天井部を雨が叩く。
「ガイドさん宿はまだかい?」
お客様が不安になって尋ねた。
「ガイドさんが人柱とか言って脅かすから、寒気がしてきたよ。」
「クーラー止めて!」
「なんか、さっきの人影って気味が悪い。」
私は、ここぞとばかり攻め込むことにした。
「皆さん実はですね、今晩皆様がお泊りいただく温泉地に、一寸いわくのある宿があるそうなんですよ。」
声のトーンを落とし、窓の外は暗くなってくるのに合わせて車内の照明も低くして雰囲気を作り上げる。
「これは聞いた話しでございますが。宿の仲居さんが地元の若者と恋に落ち、それが裏切られ首をくくった部屋があるんですよ。その部屋は今は開かずの間として使っていないんですが、雨の日になるとその部屋からすすり泣くような声がしてくると言う話しでございます。勿論皆様のお泊りいただくお部屋には使いませんが、夜遅くお風呂など行った時にホテルの中をうろうろなさいますと、惹かれるようにその部屋に行かれる方がいるそうでございます。皆様のお泊りいただく宿ではないと思いますが、どうぞお気をつけてくださいませ。」
これは、この温泉地に来たときに話しをすると効果的という先輩からの教えだった、何、宿はどこでもいい。温泉地自体が結構ひなびた雰囲気があるため、お客様はその気になる。その宿の名前はわからないといい、2階の湖に面した部屋だといっておく。お客様の泊まる宿にも2階に客室はあるし、その湖に面したの部屋も当然ある。宿の名前もやっぱり分からないとしておき、ひょっとしたらという気にさせる。
お客様の不安を煽るのは良い事ではないのだが、この話しをするには設定が大事である。
勿論翌朝、どうでしたと聞いて、そんなのを見たとでも言おうものなら、ああそうですか私勘違いしてましてこの話し実はもっと奥の温泉地の話しでした、と落ちが付く予定だったのです。
さて、散々脅かしておいて雨の中、ようやく目指すお宿に到着いたしました。お時間は予定を過ぎて7時近くなっていました。お客様はバスを降り明日又よろしくお願いいたします、と分かれてお部屋に入りました。
私と運転士さんはバスの清掃を行い、ゴミを投げ、灰皿を綺麗にして、もう一人のガイドとチェックインしたのが8時を過ぎておりました。
「すいません。今日はお部屋が一杯で小宴会場でお休みいただくことになります。申し訳ありません。」
要は普通の部屋が一杯なのでバスの乗務員さんは宴会場の小さいほうに宿泊していただきたいとのことでした。
「えええ!そんなあ!」
2号車のガイドがあからさまに不満を訴えました。添乗員さんが来て、「済みませんごめんなさい。部屋のやりくりがつかなくて。僕たちも運転士さんと大宴会場で寝るんです。」 そう言われると駄目なものは駄目なんだからしょうがない。気になることだけ聞いた。
「すぐ寝られます?」
「いえ、それが、今宴会の最中なので、終了してから用意をしますのでそれまで暫くお待ちください。」 げっ!それはないしょ!疲れてんのにい!
「明日の朝も朝食で使うんですか?その部屋?」
「いえ、朝はバイキングですので朝はゆっくりお休みください。」
お休みくださいったって、朝食食べて8時半には出発なんだからいつまでも寝てるわけには行かないじゃない。
「化粧するところあります?」
「化粧鏡をお運びします。もともとこの部屋は普通の客室として使っていた部屋を二つつなげて宴会場にしましたので、お部屋にトイレもございます。お風呂だけは大浴場をお使いください。」
まあ、文句を言っても仕方が無い。
「あと、何時からその宴会場には入れるの?」
「ええ、宴会の終了が予定では9時ころですので、10時には大丈夫かと思います。」
添乗員さんもすまなさそうな顔をしていた。
「飲み物は全部うちで持ちますから。」
添乗員さんが悪いわけではないし、これまでも何度かあったのだから仕方が無いことは分かっている。添乗員さんにいたっては押入れの中で寝た話しも聞いている。乗務員は寝ないと運行上の安全と言うことがあるので、睡眠時間を確保できないようにはしない。 仕方なく、先にレストランで夕食を食べた。風呂も入らず、着替えもしないでの夕食は気が進まなかったが仕方が無い。宿も気を使ってくれて、料理も豪華だった。運転士さんはビールに酒にウィスキー何でも飲んでいいよと言われ。「あっ、そ〜お、」とかぱかぱ飲み始めた。最も深酒も飲みすぎも出来ない。運転士は仕事中は10時過ぎてのアルーコールは口にしない人が多い。翌日に残ると大変なことになるからである。
結局、宴会が終わって片付けをして用意が出来たのは11時近かった。部屋に布団が引かれたが、窓の外を見ながら風呂にだけは入ろうということになった。窓からはダムで出来た人造湖が一望でき、一寸高さが足りないがライトアップされた湖畔が大変美しく見えた。
「上の階からだともっと綺麗に見えるんだろうね?」
「2階からだとこんなものよね。」
風呂は熱めで心地良かった。もう夜も遅かったのでのんびりと体を温めると意外に時間が過ぎてしまい、明日の仕事に差し支えないように休むことにした。
宴会場の部屋に戻ると、通常の部屋より広いせいかひやっとしていた。北海道は昼がいかほど暑かろうと、夜には気温がぐっと下がる。2号車のガイドも寒そうに身震いした。
「寒くなってきたね。」
「湯冷めしないように寝ようよ。」
もう、時計は1時を回っていた。宴会場の端っこに布団を引いてもらい寒々とした中で、とにかく寝ようとすると入り口に白っぽい着物の仲居さんの姿が見えた。手にお盆を持っていてお酒を持ってきたようだ。
「あ、いえ。もう寝ますのでお酒は結構です。こんな遅くまで済みません。」
仲居さんは何か言いたそうだったが、不意にいなくなった。
「なんか遅くまで悪いね。」
「気をつかわしちゃったね。」
部屋の中は夏とは思えないほど冷え冷えとしていた。山間の温泉地は急激に気温が下がる。先ほど風呂に入ったのに暖房が必要な気がした。布団に入ると周囲が白く霞んでいる気持ちがした。寒い中布団にくるまって、私たちは眠りについた。
翌朝、小鳥のさえずりが窓の外でして、私たちは目を覚ました。
もう気温が上がり暖かくなっていた。
「ぽかぽかして暖かいですね。」
2号車のガイドも昨夜の寒さがうそのような今朝の陽気に驚いていた。
「今日も暑い日になるのじゃない?」
軽口を叩いていると、仲居さんが来た。
「おはようございます。昨夜はゆっくり寝られました?寝苦しく無かったですか?」
「寒かったですけど、寝てしまったら今朝までぐっすりでした。」
「寒い?寒かったですか?」
「ええ、夜になってお風呂の後寒くて。」
「昨夜は、寝苦しいほどの夜だったと思いますが。気温が下がらないのに、雨が降って湿気が多くてむしむしして。」
「いいえ、寒かったですよ。」
仲居さん実に不思議そうな表情をした。
「あ、それと、済みません、夜遅くまで。」
「えっ?」 「ほら、夜中に、お酒持ってきてもらって。」
「夜中にですか。」 「1時過ぎてたんで、もう私たち寝ようとしてたんで、断ったら、さっといなくなって。」
仲居さんの表情が変わった。
「あ、あの、失礼します。」
ばたばたという感じで仲居さんが退出した。
私たちは、何か妙な気がして部屋の中を見渡した。部屋の中はどこといって特徴の無い小宴会場で、まあ、しいて言えば二つの部屋をつなげた雰囲気が畳や壁の配置に残っているくらいで。入り口も一つは壁でふさいである。
はて?壁でふさいである?昨夜の仲居さんは確か私たちが布団を敷いたのと、反対側の入り口から来てそしていなくなった?
私と2号車のガイドは顔を見合わせた。
2階?元客室?湖に面した? 2号車のK子の顔色が真っ青になった。
ギャーッ!
もう、どこがどうなったのか良く覚えていなかった。とにかく何とか部屋から出て、荷物も持ち出した。フロントでは仲居さんが誰かに大声で話していて、騒ぎになっていた。
結局、私たちの部屋に昨夜お酒を持ってきた仲居さんはいなかった。そして、私たちが休んだ宴会場は、部屋を改造する前は入り口を塞いで使っていない部屋だった。さらに、湖に面した2階の部屋でもあった。 真実はわからない。 私にはどう説明も出来ない。今となっては全てがなんだか夢の中だったようなきがする。でも、先輩から伝えられている怪談話の宿の名前は、帰ってから確認したら、まさにその名前だった。 それ以後、私はどこであろうと決して宴会場には泊まらないことにしている。たとえ、どんな理由があろうとも。



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