[PR]牝綾
Infoseek 喨涓截
VOL18 不揃いなガイドたち---チャイニーズタイフーン
私はガイドです。安全永楽交通のバスガイドです。安全永楽交通は日本のバス会社です。
入社試験のときも「英語はしゃべれますか?」とも「中国語は堪能ですか?」とも聞かれませんでした。誤解をされると困りますので最初に断っときますが、私は会社に文句を言っているのでも仕事の愚痴を言ってるのでもないです。
ただ、最近目立つのが外国のお客様です。特に台湾から来られる方の多いこと多いこと。
私は生粋の江戸っ子です。ウソです。
生粋の道産子です。従いまして、日本語と北海道弁は堪能です。英語は・・・・高校卒業程度です。
あ、これは私の卒業した高校卒業程度です。決してアメリカンハイスクール卒業程度ではありません。
中国語は北京語を中華料理屋アルバイト程度です。
高校のとき1年間毎日「かんすうしゃーれん」「ほいこーろー」「ちんじゃおろーす」「ちゃーはん」「らーめん」「はんちゃんらーめん」「ちゅーかどん」「ひやしらーめん」とやってました。
何?違うのが混じってる?お客様!言葉は生きています。日々変化します。あと10年もすれば「ひやしらーめん」も「はんちゃんらーめん」も中国で通じるようになりますって。
え、はんちゃんラーメンが分からない?それはですね、チャーハン半分とラーメンのセットで、私の育った士別ではあたりまえです。
この話題は今度別な機会に書いて良いとU先生が言っていましたので、次にして話題を戻します。
その中国からの団体がついに私のバスに乗ったんです。
中国と一口に言っても、メインチャイナ、中華人民共和国と、台湾と分かれています。私なんかが生まれるずっと前、第二次世界大戦の終わりにいろいろありまして、それで台湾が現在のようになったんだそうですが、聞いたら台湾は日本とは正式な国交は無い!とツアーについてきた台湾の添乗員さんなのかガイドさんなのか通訳さんなのかが言ってました。台湾はもっと日本と仲良くしたいそれなのに日本は台湾を正式な政府として認めない。こう言ってました。
正直言ってよくわかりません。私の周りにも台湾製品は一杯輸入されているし、パソコンなんかはアメリカで売っているものも含めてみんな台湾製だって言うのに、国交がないというのはどういうことでしょう?
地震の時だって日本から確か沢山の救援隊が行ったと思ったのに。
まあ、その話もさておいておきまして、そのお客様は私がなんと担当することになったんです。正直、運行さん(配車の割り振りをする係り)に無理だと言いました。
「わたしゃ中国語はしゃべれないよ!」
「いや、大丈夫通訳がついてくるから。」
「通訳が私の言うこと訳してしゃべるの?車窓からの案内だと間に合わないじゃない?」
「いや、大丈夫ガイドがついてくるから。」
「お客様がなにか具合が悪くなったり、困ったことがあったりしたら、どうするの?」
「いや、大丈夫添乗員がついてくるから。」
運行さんにそう言われて、しぶしぶ内心どんな人たちだろうとわくわくしながら、千歳空港で出迎えました。
普通の人でした。 そうと言われなきゃ日本人と思ってしまいます。
会話を聞いていて初めて、ああ、外国の人だと思います。
さて、通訳さんもガイドさんも添乗員さんもいました。前にも書きましたね!まとめて一人です。
「こんにちは!」 と挨拶すると、「○△□×▼▼◇◎▲■○××、○□??!&×▲$@△▲!」と返事が返ってきました。私は負けずに「○○××▲▲##!」と言うと、なんとその通訳さん「ジャヨロシクネ!」と言いました。早く日本語しゃべってくれ!
わずか一日の行程でしたが、私は何とか仲良く出来ないかと頑張ることに決めました。
さて、本日の行程は千歳空港でお客様を向かえて札幌の市内観光をして、ホテルに入ると言うただただ単純なものです。ホテルから夕食の会場まで送って後はおしまいと言うものでしたので、何とかその間に友達を作らねばと思っていました。通訳さんはいきなり添乗員さんになって行程表を出してきました。
な、なんと、全部漢字で書いてあります。あたりまえです。これなら私にも読める、ただなかなかむずい漢字を使ってる、もっと簡単な字使いなさいよ、とか思って眺めたら、ヘンな文字が途中に入ってる。
―――札幌市内観光(北海道大学・大通公園)層雲峡観光-夕食―――
まてい!私には層雲峡観光と読めるぞ! すぐに聞いてみた。
なんと層雲峡観光を今日は予定していると言うではないか!片道4時間半はかかるよ、おい!
添乗員さんに言うと、へっ、という顔をした。名前は出しちゃいけないことになっているが台湾じゃわからんだろ、「李さん」と言う人でした。
さて困った、すぐに会社に電話をかけた。いろいろもめたみたいな気配だったが、とりあえず千歳で昼食を食べている間にGOサインが出ました。
GOサインは出たけれど、大変だよこれは、「李さん」は地理的な感覚がまるでなく、層雲峡は2時間ぐらいで行くと思っていたらしい。夕食は9時を回るよと言うと、台湾では夕食は大体8時から9時くらいだと言われました。まあ、そんなら大丈夫かと出発をしました。
走って走って走って走りました。運転士のSさんは層雲峡の大函で「疲れた!」と言ってジュースを飲んでいました。4時間ちょい走りっぱなしで休憩なし、トイレも我慢しろと添乗員さんが言うんですもの。
途中の観光案内は歴史やその他のことは既に調べてあるらしく(あくまでらしくですなぜなら)李さんは「○▲■#%$△##◇●&∞∞○○!」と言っていましたが私にはちんぷんかんぷんでした。とにかくすっ飛ばしながら途中の観光案内を李さんにすると、それを李さんはお客様に「○○○××####▼▼!」と伝えるのです。これはこれで結構面白いです。なんか病み付きになりそう。
不思議なのは私が「これが流星銀河の滝で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」となが〜い説明をしたのに、李さんは「○▼!」一言で終わってしまうことが度々ありました。
おい、手抜きしただろ!
なんとか層雲峡を切り抜けて札幌に戻る道すがら、お客様は疲れて皆さんお休みになっていらっしゃいました。思えば何とかやり遂げたもんだ、運転士Yさんの死のロードに匹敵するスケジュールだなこれは、とか思っておりますと、添乗員の李さん何やら紙を持ってまいりました。
「キョウノユウショクバショココデス!」
おお、そういえば夕食会場まで送らなきゃいけんのだ。どれどれと、運転士さんに代わって覗き込む。
『○○○○○○』
非常に難しい漢字で書いてある。 こんなとこ札幌にはないよ!
これ、なにかの間違いじゃないかとたずねると、いや札幌にあるはずだとなった。
再びパニック! 砂川から江別までの区間、私はじっとその紙を眺めていました。
中華料理屋にしても、こんな難しい名前それもいっちゃあ悪いが、なんとか中央公園なんて名前のレストラン聞いたことが無い、公園の真中の屋台じゃなさそうだし。
運転士のSさん「もう携帯つながるから会社に聞いてみろ!」と言うのであわくって電話をかけました。それを見ていた李さんホテルにつながるかと聞くから、つながると答えると、ホテルの予約に紹介してもらったというじゃありませんか。
それはホテルに電話をかけてみろという意味か!誰がこの電話代払うと思ってんだ!
大体食事場所を知らないでくる添乗員さんの図太さがすごい!
ホテルの予約係りも最初何を意味しているかわからなかったが、団体名と台湾の客ということが分かると電話口で吹き出した。
「それですね中央公園とかいてあるのはですね、セントラルパークです。」
はい大変良くわかりました。横文字になれた私には意味不明であったが、やっと解読できた。場所の地図を作っておくというので、やっと安心してホテルに向かいました。
ホテルに到着したのが9時でした。ホテルは国際ホテル札幌。
『チェックインして荷物を部屋に入れてすぐ降りてきてください。』と添乗員の李さんが言ったらしい。お客様悠々とバスを降りた。
「ワタシスグオリルヨウニ、イイマシタガ、チカンカカルヒトイマス、ニシュップンクライカカルトオモテクダサイ!」
セントラルパークの地図ももらってくるから、そう言って李さんはバスを後にしました。ほんとに早く来る出ろうか?
やっと最後のお勤めになりました。今日は長い一日でした。
予想を裏切らず最後の一人がバスに乗り込んだとき時刻は夜の10時を回っていました。遅れてくるお客様に李さんは訳のわからない言葉でののしっていました。そう思いましたが、後で聞くと全然ののしってなくて、どうぞバスのほうへといっていただけだったそうです。
バスは動き出しましたが、地図が李さん出さないのでどうしたと尋ねると、「ア、ワスレタ!」
頼むよ、もう。
又電話をホテルにかけました。 先ほど親切に案内してくれた木下さんはもう既に帰ってしまったそうです。
(そりゃ帰るわな、もう夜の10時をまわっているんだぜえ。)
セントラルパークの地図の話をしましたが誰も分かりません。それではセントラルパークの場所を聞くと、「聞いたことはありますね。」というくらいの返事でした。ちらと添乗員の李さんのほうを振り返ると、ニコニコして私を見ています。
(むむむ、なんと、能天気な奴、こやつには危機感が無いのか!)
私は途方にくれながら、待っていると、とりあえず住所を書いた紙があるのでその住所を教えてくれました。場所はススキノのど真ん中でした。
(げげっ!すぐ見つかるといいが・・・)
とりあえず住所がわかれば何とかなるとバスを出しました。
目指す住所のところにつきましたが、ネオンネオンの大洪水、目がちかちかするばかりで、皆目見当がつきません。運転士のSさん「俺聞いてくるわ!」と言ってバスを降りて、あたりの人に聞きました。
何人も何人もの人に聞いて、やっと分かったのはディスコでした。そのディスコのバイキング料理の設定だったのです。
お客様を降ろして、李さんに別れを告げた後、会社に戻るバスの中、私は運転士のSさんにボツッと言いました。
「疲れたわね、」
Sさんも言いました
「今までで一番長い一日だった。」
バスのフロントにある時計はすでに12時を回っていました。魔法の切れたシンデレラのかぼちゃの馬車のように、私たちのバスはとぼとぼと家路につきました。
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