
VOL28 不揃いなガイドたち
一億円で何が買える―totoが当たった日
春の日差しが感じられる、4月の上旬の話でした。
私SはドライバーのYさんの車で道南の2泊3日の乗務につきました。
春が遅い今年の気候でしたが、その日はびっくりするくらいのどかな天候でした。
行程は千歳の空港でお客様をお迎えして、白老・登別・室蘭を観光してその日は噴火で一躍日本中に名を知られ、いまや観光名所になってしまった洞爺湖の宿泊。
翌日は昭和新山から中山峠を通って札幌の宿泊。
3日目の最終日は午前中自由行動で、ホテル前13時集合で千歳空港までという基本的な道南コースでした。
お客様は関東からのお客様で初春の北海道を味わおうというツアーでしたが、季節的にまだ寒い北海道のコースは集客状態が悪く最低催行人員ぎりぎりの16名でした。
初老のご婦人のグループが6人と、中年のご夫婦が二組。お子様をおつれのご家族が一組4人、それに女性の親子連れで、男性は団体の中に3人しかいません。
添乗員も女性でしたし、男女比率は運転士のYさんをいれても4人対15人という女性がほとんどのバスでした。
女性が多いツアーは結構和やかでおしゃべりが多く、楽しい旅になることが多いものです。
バスはお客様を千歳の空港で迎え、無事白老を観光し、登別の地獄谷を見ると、室蘭の白鳥大橋へと向かいました。
「皆様、バスは室蘭の市内へと入って参ります。この室蘭市、新日鉄の城下町、鉄鋼の町として有名ですが・・・・・」
「ガイドさん、あれなーに?」
室蘭の市内に入り、白鳥大橋に向かおうとしていたとき、赤いジャージを着た一団が目に入りました。みるとのぼりを立て、でかい大漁旗のようなものも打ち振っております。昼食を室蘭で取るため時間は12時ちょっと位だったでしょうか?
観光のお客様には見慣れない風景でしたでしょうが、直ぐわかった方がいました。
「あー、あれサッカーの応援だー!」
「えー、北海道でサッカーなんてすることあるの?」
「コンサドーレ札幌って北海道のチームでしょ。」
「札幌って言うんだから、札幌で試合するんじゃないの?」
「北海道のチームは雪の中で試合するの?」
「Jリーグじゃないよね、たしかJリーグから落っこちたチームでしょ?」
このお客様コンサドーレがJ1から落ちたときのことはよく知っているのに、またまた這い上がったことはとんと知らない。
「今日試合あるの?」
「私知ってる。確かぼろ負けするはずが勝っちゃって、サッカーくじで1億円だす原因になったチームだとか。」
「ねえねえ強いチームなの?」
「コンサドーレが勝つと1億円出すことになってるの?」
なんやねん!
もう、滅茶苦茶。
みんなばらばらに言うから訳がわからない。
でも、とにかくバスから見かけた一団がJリーグに今年また上がってきたコンサドーレ札幌の応援団、サポーターと呼ばれる一団で、今日この室蘭で試合が行われるということまではバスの全員が理解した。
「ガイドさん!」
後ろのほうに陣取る家族連れから質問が飛んできた。
「コンサドーレってどういう意味なんですか?セレッソとかみたいにスペイン語やポルトガル語なんですか?」
来た!
来ちゃったよ。
この質問が絶対くると思ったんだ。
言いたくない!
ほんとに言いたくなかったけれど。説明しないと納まらないだろうから、言います。全国の皆さん、知ってる人は知ってるけれど、知らない人は最初聞いたときそのすばらしいネーミングセンスにびっくりする。これに対抗する名前を作るとしたら、九州は福岡に『ツコントーレ博多』というチームを作ってもらうしかない。
「このコンサドーレ札幌の名前はいろいろ言われる方がいらっしゃいますが、実は外国語ではありません。いえ、日本語ですらないかもしれません。
実は、この『コンサドーレ』という名前は、北海道生まれの人のことをいう『道産子(どさんこ)』をひっくり返しまして、後ろに『オーレ』をつけたのが正確な名前の由来です。そうして最後にホームのある場所をつけて『コンサドーレ札幌』となるわけです。
ですから、このチームは単に札幌だけのチームではなく、北海道全体を現したネーミングなんです。」
「えーっ。」
「なにそれ。」
「なんだ、外国語かと思ってた。」
そうなんです。皆さん外国語と思っている方が多いんです。
分かりましたでしょうか?対抗する名前を作るとしたらの『ツコントーレ博多』、そうです。『とんこつ』をひっくり返して『オーレ』をつける。単にこれだけで外国語っぽい名前が出来あがる。
あ、誤解しないで下さい。九州の方を揶揄しているわけではないです。全国的にメジャーな表現は他に並ぶものがなかったからちょいと拝借しただけです。お願いします。こんなことで、気分を害されたり致しませぬように。
ネーミングセンスはともかく「コンサドーレ」の名前はごろといい、音の響きといい、あちゃらの外国語っぽい印象と、言いやすい名前から北海道民に親しまれている。現在では道外にもサポーターが多数存在して。アウェーでの試合にサポーター席を賑わせて応援してくれている。北海道では唯一のプロスポーツチームだし、ノンプロは冬のスポーツがほとんどで、夏の間の話題はここに集中するのは止むを得ないことなのです。
「僕、コンサドーレ知ってる!」
中段の所に位置していた家族連れの、男のお子さんが言った。
「学校で友達がいってたも、〈出戻り赤〉って言うんでしょ?」
「はあ?」
「ユニフォームとチームカラーが赤なんだって。それでそういうんだって。」
確かにチームカラーは赤だよ。
しかし、出戻りはないだろ!出戻りは!
意味分かって言ってるんだろか、この子。
私はね、自慢じゃないけどね、ばついちだよ。
私のこと知っててあてつけてるんじゃないだろうね?
結構敏感に反応しちゃうんだよね、この単語。
散々うちの叔母に言われたからね嫌味たっぷりにネ。
確かにネ、コンサドーレは、J1にいて、J2に落ちて、又J1に這い上がってきたけどさ。
この言い方は勘弁してほしい。
そんなわけで和気藹々のバスの中は、私の忍耐と笑顔の観光案内で盛り上がっていた。
宿泊は、有珠山噴火の火口を遠くから眺めて洞爺湖温泉へと泊まります。一日目はこうして何事もなく過ぎ去ったのでした。
「新聞あるかな?」
出発までまだ少し時間があったので、私と運転士のYさんはホテルの前にバスを停車させると、ホテルのコーヒーショップでコーヒーを飲むことにしました。
「どうしたのさ、新聞なんか普段山菜取りに行ったとき包むしか使わないくせに。」
「Sもほんと口が悪いな、うちらの泊まった民宿に新聞まだきてなかったからさ。」
「質問に答えなさい!新聞なんかどうするの?まさか昨日の夜ウドを取ってきたから、分けてやるのに使うんじゃないでしょ?」
「何言ってんだ、俺だって新聞くらい読まあな。実はよ、これさ買ったもんだからさ、結果が知りたくてさ。」
Yさんなにやら名刺の倍くらいの大きさの紙をひらひらさせた。
「あ、おはようございます!」
通りかかったお客様が挨拶してきた。
「おはようございます!」
「今日もよろしくお願いしますね。」
「こちらこそ。」
「もうバスに荷物載せられます?」
「はい、あけてあります。」
「ガイドさん、おはよう!」
「おはよう!」
食事を終えたお客様が次々に通りかかられて、時ならぬ賑わいを見せる。
「あ、totoじゃん!運転士さん買ったんだ。」
昨日の〈出戻り赤〉の男の子が目ざとく運転士さんの手の中の紙切れを見つけて言った。
「えー、totoなんて買ったの?」
「そうよ。ほらこないだ一億円当った奴いたじゃないか。あれみてさ、ガソリンスタンドで買ったんだ。」
「当るわけないじゃない!」
男の子が新聞を持ってきた。
「運転士さん、僕見たげる。」
「え、あ、ありがとう。」
男の子は、Yさんからtotoの投票用紙をひったくるように取り上げると、新聞のスポーツ欄を開いた。
「なに期待してるのよ?めったに当らないから、一億円になるんでしょ。そんなに簡単に当ったら、日本国中一億円だらけよ。」
よく考えると私も訳のわからない日本語を言っていた。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
もうほとんどのお客様がここにいらっしゃるようだった。
「そろそろ、バスのほうに行こうか?お客様お揃いになりそうだし。」
「そうだな。」
運転士さんと席を立ちかけた時、一心不乱にチェックしていた男の子がこちらを見上げた。
「ガイドさん!全部当ってる!」
「なに?どうしたの?」
「このtoto全部当ってるよ!」
私は、しばしの間凍りついた。
周囲のお客様も、動きがぴたっと止まって、耳だけがこちらの方に集音機能を集中させていた。
「なに、なに、どういうこと?Yさん、一億円当ったの?」
「お、お、お、お・・・」
Yさんどもって言葉にならない。
「あたったんかあ?」
Yさんの全身からオーラが発散している。いかん、このまま会社辞めてどこかに行きかねない。一億円あればこの人は無くなるまでは仕事をしないかもしれない。そんな不幸にこの人は遭遇したのか?
「まだ最終じゃないけど、3等以内は確定だよ。」
「え、え、え、え、え、どういうこと?」
急に利発そうに見え出した男の子が言った。
「今日の試合が2試合残っているから、その結果が出ないと分からないけれど、それが全部外れても3等、1試合でもあたれば2等、2試合両方当れば1等あたりだよ。」
「よくわかんないけど、今日のが外れても3等確定なんだよな?」
「そうだよ」
「くーーーーーーっ!!!」
どこから出たのか分からないけれど、体中から搾り出すような声だった。
「お、お、おーつ!」
今度は雄叫びだった。
「坊や、坊やは好い子だ。」
Yさんもう何言ってるんだか、かなり滅茶苦茶。
「運転士さん、toto当ってるんですって。」
「へー、ほんとに当るんだあ。」
「賞金いくらなの?」
お客さんが口々になにやら羨望と悔しさといろいろ入り混じった賞賛の声が聞こえてきた。
「永かった。やっと俺にも運が向いてきた。」
Yさん、totoはどうでもいいねんけど、今日まだ仕事あるねん。
「バ、バ、バスのほうにいかなきゃな。」
あーあ、大丈夫かなあ、なんかものすご不安。
「運転士さん、まだ賞金も確定してないし、一等と三等じゃあかなり賞金の額も違うから。」
いきなり利発そうに見え出した男の子が、舞い上がってる運転士さんに言った。
「ぼん、大丈夫だ。これまで全部当ったんだ。これは全部当る。そういうことになっているんだ。俺には分かる。」
そう言うとふらふらとお客様の最後のほうからバスに向かったYさんの膝の裏側を、私はガッ!と蹴りつけた。
「いてっ!何すんだ!」
「大概にしなさい!まだ仕事も途中で!浮かれるんじゃない!一億だか十億だか知らないけど、こんなことで事故でも起こしたらどうするの!」
「わあった、わあった、そうどなんな。だんだん君、U(私たちの先輩で先生です)に似てきたよ。俺が悪かった。そうだよな、これで事故でも起こしたら、絵理香や翔に合わせる顔がない。
大丈夫だ、ちゃんと運転するから。」
バスは、洞爺湖温泉を出て、昭和新山から裏洞爺を抜け、昨日見た火口を展望台から再度見て一路中山峠へと向かった。
札幌の市内で昼食を取ると、市内はさすがに交通量も多く、Yさんも余計なことを考えているひまはなかった。
くだんの男の子から、早くサッカーの結果を知るには実況中継だが、といわれてテレビの番組を見たがなぜかやってない。
あきらめて夜のスポーツニュースを待つことになった。
お客さんをホテルに送って、夕食をビール園でとるためにホテルで待機しているときも、逆にお客さんから声をかけられて、またひとしきり自分で盛り上がっていたYさんだった。
(明日は腹痛とか何とか言って、絶対に休むな!)
私は確信していた。
しかたない少しは分け前がくるだろう。こなかったら奥さんに例のことばらすとさりげなく提案しよう。
夜の七時からの試合があるため、結局配当金がわかるのは九時ごろということだった。なーんだ、丁度夕食が終わって帰るころジャン。
ホテルを出発するのがお客様にトラブルがあって遅れ、大幅に夕食の時間がずれ、バスをビール園につけたのは八時近くだった。
「これだと帰りは九時を回っちゃうなあ。」
Yさんがぼやいていた。
「いやなの?」
「いや、なに、俺はどんな仕事も一生懸命だからさ。」
「ふーん。」
「朝も言ったけどさ、Uさんに顔まで似てきたぜ。」
パシーッ!
Yさんの髪型がちょっと乱れた。
夕食のジンギスカンを食べ終わるころ。ふと気が付くとYさんがいなかった。
あれ?今の今までいたのに。空気に溶け込むようにふわっといなくなった。
「そういえば、運転士のYさんtoto当ったんですってネ。」
一緒に食事をしていた添乗員さんが聞いてきた。
「ええ、まだわかんないんですけど、三等以上は確定らしいですよ。」
「運転士さんサッカーはお詳しいんですか?」
「いえ!」
私はきっぱりと言った
「Yさんはサッカーとラグビーの区別もつきません。」
「まあ、それでよくあたりましたね。」
さらにきっぱりといった。
「出会い頭の交通事故見たいなものです。」
添乗員さんは少しだけ困惑した表情で聞いてきた。
「そうなんですか?」
「さっきどうやって勝ち負けを決めたか聞きました。名前の語呂のいいほうを勝ちにして、語呂の合わないのは10円玉の裏表を転がして決めたそうです。」
これで一億が当るんなら大変なラッキーだ。
「Yさんはどうなさったんですか?お姿が見えないようですが。」
「なあに、一足先にバスに戻りました。」
「?」
「バスのテレビでサッカーを見てますよ。」
そうこうするうちにお客様も来て、夕食を早めに切り上げて帰ろうということになった。
バスに戻ると案の定、テレビを見ていた。
「やい、一億円の分け前どうなった?」
ぱっとこっちの方を向いたYさんの顔がしょぼついていた。
「一億が負けそうだ!」
どうやら、投票していたほうと違うほうが勝っているらしい。既に時間はロスタイムになっていた。
やがて、長いホイッスルが響き、一億の夢は砕け散った。
「でもよ、最低でも三等だぜ・・・」
結局もう一試合もはずしていた。
バスを出す寸前のニュースで、totoの発表を行った。
「三等、三等、三等・・・・」
アナウンサーの声が響いた。
<三等の賞金、¥370円>
Yさんは翌朝腹痛を起こすことはなく、元気いっぱい仕事に出てきた。お客さんから「惜しかったね!」という同情とほっとした仲間意識の感情が入り混じり、過去ないくらいお客様と運転士の会話の多いバスとなった。
Yさん、『金は額に汗してかせがなきゃ駄目だ』
へっ、パチンコで買ったときは、私にもおすそ分けをするように。
次の、ドリームジャンボに期待をかけてこの話はお仕舞いお仕舞い。
戻る