VOL35  ガイドが綴る北海道ー不揃いなガイドたち


素敵なおまわりさん part2「のどかなり北海道」

空はのどかな青空でぽっかり浮かんだ丸い雲。
松山千春の澄んだそれでいて北海道の自然を感じさせる歌声が響いてくるような天気だった。
私の乗ったバスは釧路空港を出発し、一路国道を西に走って札幌を目ざしております。
私はといえば、珍しく一番前の座席に座りまして、のんびり鼻歌など歌っております。
天気も言い昼下がりの午後、眠気もさしてまいりまして、はーーーあ、ついうとうとと、いねむり何ぞしてしまいそう。
なに?そりゃまずいだろうって?
へへ、大丈夫!
後ろ見てください。
そう、そうなんです。
だーれもいない。
ひとっこひとりいないんです!
(ガイドに愛想つかして、客が逃げた!)
誰だ!
いまの声は!

ちゃう、ちゃうのよ。
実は、今しがた、釧路空港にお客様をお送りして、無事一仕事終えまして、通常なら、次の仕事がそのまま釧路受けであるんでしょうが、乗務員も人間でぼちぼちお休みを取ることになりまして、回送で札幌に帰る途中なんです。
この時間は、可愛そうにバスを操る運転士さんはまだ気が抜けません。
しかし、ガイドはもう完璧に仕事終了モード。
服もガイドの制服から私服に着替えて後は、横になってお休み・・・をすると運転士さんが余りにかわいそうなので、付き合いで鼻歌混じりにドライブを楽しんでおりました。
しかし、自分で運転するのと単にのっているだけとは緊張感が違う。
「あー、寝ててもいいです。ちゃんと運転します。どうせ俺は一人で運転するんだし、替わってもらえるわけじゃないし、そのうち居眠りこくんだろうし・・・」 と優しくいやみ度120%をドライバーさんは言ってくれますが、ばーろーそこまで言われて寝てられっかそれは大変申し訳ないですから、と一生懸命起きていようとしました。
けれども、ここにいたって上の瞼の奴が、なんとも下の瞼を恋しがりまして、上と下の瞼はやがて接近を始めます。
簡単に言いますと居眠りしちゃったんです。

ガツーン!
気が付きますと、一番前の座席の所にある冷蔵庫とキスをしておりました。
「いたーい!」
「大丈夫か?」
運転士さんが声を掛けてきます。
「悪い悪い、結構急にブレーキ踏んだもんなあ。」
「どうしたんですかあ。」
「あれ、見てみろよ。」
運転士さんに促されて多少寝ぼけて見た方向には、道路の路肩の側溝にはまって動けなくなっている乗用車と、その傍らで手を振って止まってくれと頼むようにしている、中年のさえない頭の髪の毛に非常に特色のある尚且つ見覚えのあるおっさんがいた。
私は運転士さんをふりかえって言った。
「あれ、西塔さんじゃない?」
「やっぱりそう思うか?」
私は痛む口元を手で押さえながら前のステップの方に移動した。
バスは一旦通り過ぎた乗用車の方にバックして停車すると、なんとやっぱり覆面パトカー乗りの西塔さんが右足を引きずりながらドアのほうのやってきた。
「やっぱりあんたたちだったかい。良かった、もしやと思って手を振ったんだ。」
「どうしたんですか?」
「面目ない!側溝にはまっちまって、足に怪我をしてしまった。」
「今日は、婿さんは一緒じゃないんですか?」
「今、犯人を追っとる。」
見ると、西塔さんの右足からは血が滴っていた。
「大変!怪我してるじゃないですか。」
「いや、大丈夫だ、それよりこのバス、帯広方向に行くんだろ?」
「ええ。」
「頼む、私を帯広まで乗せていってくれ。」
思わず私は運転士さんと顔を見合わせてしまった。
規則から言えばそんなことは許されない。
だが、西塔さんには、つい数ヶ月前お客様を病院までパトカーで搬送するという迷惑をかけている。
いわば恩がある。
それから不思議と顔を合せることが多く、なんだか顔見知り以上になってしまっていた。
「いいですよ。警察に協力することは市民の義務ですから。」
運転士さんが教科書を読むようにぎこちなく言った。
おいおい、いいのかい、犯人を追跡して、もしあわやなんていう事になったら、私は絶対に真っ先に逃げるよ!
「車はいいんですか?」
「シャフトが曲がって駄目だ。それに、もう、レッカー車が出ているから大丈夫だ。」
バスは西塔さんを加えて3人になって出発した。
私は、車内にあった救急箱を出して、西塔さんの傷の手当を始めた。
幸いにも骨折はしていず、打撲と裂傷だったが、傷は縦長で10センチ近くあり、ガーゼが真っ赤に成る程出血していた。
消毒剤で傷口を消毒する間も、一言も痛いとは言わなかった。
痛くないわけはないだろうと、ガーゼで血の出ている傷口をぐりぐりしてみたが、顔をゆがめるばかりでうめき声一つもらさない。
怪我の痛みにも耐えるよう鍛えてあるのだろうか、叔父さんとこの子供とはえらい違いだ。
しかし、傷の深さがそれほどでなく、太い血管を損傷していたわけではないようで、太ももの付け根を縛って止血すると、やがて血が止まった。
「ありがとう、恩に着るよ、君たちが交通事故で重症のときは、真っ先に駆けつけてあげるからな。」
そういう事態にはなって欲しくなかった。
そういいながら西塔さんは、携帯電話を出して、電話をしていた。
その話から、相手はいつもコンビを組んでいる西塔さんの娘さんの婿殿と分かった。
「今、どこだ、・・・そうか、追いつけるか、応援要請はしてあるから、・・・ああ、また切れやがった。」
携帯電話のエリアがぶつぶつ切れる地域のため、なかなかちゃんとした会話が出来なかった。
「犯人って何か事件なんですか?」
「本州から、筋もんが野生の大麻を取りに来てるという話があって、内偵していたんだが、尾行班と合流する途中であのくそったれが、車を側溝に落としやがったんだ。」
「そのくそったれはどうしたんですか?」
私がそう言うと西塔さんは、痛む足を押さえながら首をこちらにゆっくりと回して言った。
「一応うちの婿だから、あんたにくそったれって言われると妙にむかつくんでやめてくんない?とにかく、あいつは通りかかった親切な乗用車に乗って尾行班との合流地点に向かっている。私は、怪我しちまったんで、電話でレッカー車の手配や応援を要請してあそこに残ったんだ。」
そう言うと、やはりいたむのか西塔さんはまた傷を押さえた。
「今時野生の大麻なんかあるんですか?」
「探せば北海道の山ん中にはあるだろさ、第一もう十何年前かね、北見警察署の裏に大量に生えていて、北海道新聞に投書されて、あわくって署員全員で刈り取ったことがあった。それくらい昔はポピュラーな植物だったんだ。」
西塔さんの携帯電話が鳴った。
「私だ、・・・そうか、合流したら協力してくれた方に丁寧にお礼をいっとくんだぞ。私か、私は運良くほら例の永楽バスさんのガイドさんがいたろう、そう、あのきかないガイドさん。丁度通りかかってな、バスに乗せてもらって帯広に向かっている。
・・・・そうだな、進展あったら連絡を絶やさないようにしてくれ。うん、こっちは大丈夫だ、傷の手当もしてもらった。・・・ああ、また切れた!」
西塔さんは、苛ついて、携帯を発信をするがなかなか通じなかった。
人のことを『きかないガイド』などというから、携帯電話がびびってつながないんじゃないか、といいかけてやっぱりやめた。
どうやら、婿殿は犯人の近くまで追いついている模様だが、このバスとはどれくらいの距離なんだろう?
逮捕劇は危険がないなら見たいが、危ないのはいやだ。
体力的なことは運転士さんに任せることにバス業界は昔から決まっている。遠くから見ているのは大好きだから、それでもチョッと急いでもらうのは必要ではないかと思う。バスではどうにも追いつけない気がする。
「西塔さん、急ぎますか、おまわりさんの許可があれば、このバス、パトカー並みのスピード出ますが・・・」
私のせっかくの申し出だったのに。
「いいや、それはまずいです。私は本来今日は非番ですし、第一警察官が乗っていても民間の車輌をスピード違反させることは出来ません。」
「そ、そんなもんですか・・・」
運転士さんは大変残念そうだった。運転士さんはその気になれば、このバスでパトカーとタイマンはる位のスピードを出せるのを私は知っている。
警察公認のスピード違反、おまけに追跡劇、ひょっとしたら目の前で逮捕劇があるかもしれない。
バスから見るのはかなり座席の位置が高いだけに、これぞ高みの見物、なんちゃって。
それより協力者ということで表彰されちゃったりなんかして・・・。
「運転士さん、ちゃんと前見て運転してね。」
一瞬運転士さんの顔があせった。車は蛇行するところだったのだ。
バスは浦幌から豊頃を抜け牧草地帯を走り抜けると幕別に差し掛かっていた。
西塔さんの携帯がやっとつながった。
「私だ、どうなった、・・・・そうか逮捕したのか。ブツは?2キロぐらい押収、そうか、分かった。・・・こっちか?こっちは今幕別だ帯広まではすぐだ。どうする?いや、私は真っ直ぐ向かう。うん、いや、永楽の運転士さんもガイドさんもいい人で、どこまでも走ってくれるそうだ。」
おいおい、虫のいい事言わないでよ。
しかし、逮捕には間に合わなかったようだ。
そうだよね、あちらはたぶん乗用車だろうし、こっちは警察官乗せて絶対にスピード違反できない状態での走行だもの。まあ、眠くならないでよかったけど。
でも、ここまで来たら最後まで見届けなくっちゃ。
まあ、もう逮捕されちゃったんなら危険もないし気軽なもんだ。
婿殿の顔も暫く見てなかったし。
だが、逮捕されたんなら、すぐに警察署に連行されちゃうんじゃなかったっけ。
ということは、西塔さんをその警察署に送ってお仕舞いだ。
十勝平野の平坦な景観は、遠くに地平線が見える遠大な北海道を代表する景観でもあった。
幕別から帯広はバスで20分足らず。もうそろそろ帯広に差し掛かっていた。
「あのー、帯広のどこにつけます?」
「病院なんだが、言ったら分かるかい?なんだったら、タクシーがいるところで降ろしてもらったら、かってに行くが?」
「いや、ここまできたんですから、もう毒をくらわば皿までも・・・」
「そうですか、じゃあ××××病院までお願いします。」
バスがタクシーになったみたいだと思ったが、運転士さんは分かるというので向かった。
目指す病院は、さほど大きくない病院だった。
前に敷地がゆったり取られていて、バスが付けるのには何の不自由もなかった。
バスをつけると、ドアのステップを降りながら右足を引きずり、西塔さんが言った。
「運転士さんとガイドさんも来ませんか?」
え?また、二人して顔を見合わせた。
なんだろう?犯人見てどうするんだろう?
でも、興味はしんしん、結局誘惑に負けて、行って見ることにした。
民間人を危ないところには連れては行かないだろう。 第一西塔さんは足を怪我しているので、誰かがサポートしてあげないとあぶない、かも知れない。
こんな経験二度とはないぞ!
いやー、こういう話、バスのお客様にネタで使えるかなあ?
でも、あんまり犯人の顔なんか見たくはないなあ。筋もんってやっぱり怖い顔してるんだろうか。顔の怖さなら、しってる警察の人みんな怖い顔してるけど。
西塔さんは病院の中を物慣れた様子で歩いていく、ここは警察で検査か何かにいつも使っているところなのだろうか?
薬物事件の逮捕者だから、ここで検査されているんだろうか?
それにしては回りにやたら子供が多かった。
こんなところに犯人を連れてきたら危険なんじゃないだろうか。
二階の中ほどで、西塔さんは病室にいきなりずかずかと入った。
「さあさ、入んなさい!」
言われて、私と運転士さんはおずおずと後について入った。
犯人は居なかった。
中には女性が一人いた。
いや正確には一人ではなかったが。
「おい、おめでとう、こちらの方が、ほら、れいの永楽バスの運転士さんとガイドさんだ!」
ベッドの上で赤ちゃんを抱いた女性がこちらに顔を上げると、「ああーあの運転士さんとガイドさん!始めまして。」 と頭を下げた。
私と、運転士さんは、何も分からぬままとり合えず「始めまして。」と頭を下げた。
「こっちな、私の娘と、ほら、今日生まれたばかりの私の初孫!いやー、ちょっと抱かしてくれ。」
「はあ?」
「孫?」
「あのー、大麻事件の犯人は。」
「ああ、あれね、足寄で逮捕されたよ。」
運転士さんが期待を外された声で言った。
「足寄?」
私は拍子抜けがした。
「だって、西塔さん追ってたんじゃないですか?それで覆面パトカーを側溝に落として・・・」
「ああ、いやだねガイドさん。私は犯人を内偵していて、今日は非番だったんで、刑事課の尾行班との合流地点まで私の車であのくそったれをおくって行くところだったの。その途中で、運転していたくそったれが、生まれたって母さんから携帯に電話もらって、運転中に万歳しやがって、私の車ぱーさ。」

やられた!完敗!

それを聞いてベッドの上で赤ちゃんを抱いていた娘さんが、あわてた。
「父さん!彼、事故起こしたの?」
当事者の父さんは平然と答える。
「側溝に落としただけだよ。」
「彼は?彼は無事なの?」
「なんともないよ、今内偵中の犯人逮捕に行って。逮捕終了した連絡ももらった。」
「良かった、びっくりしちゃった。」
「よかあないよ、みてごらん私は足に怪我をしちゃったんだよ、骨折こそしてないが、ひどい裂傷だ!」
娘さんはちらとだけ西塔さんの足に目をやった。そうして冷たく言い放った。
「でも、大丈夫みたいね。」
「お前は父親が心配じゃないのか?」
「彼のほうが心配に決まってるじゃない。この子の父親なのよ。」
「私はこの子のじいちゃんだぞ。」
「彼は・・・」
「私は・・・」
「彼は・・・」
「私は・・・」

ばかばかしくなって、私達は示し合わせたようにそっと病室を抜け出ると、バスに戻り、一言も発しないまま、バスは札幌に向かって出発した。
会社に着くのはあと、5、6時間ぐらいか、車庫に戻る頃にはすっかり夜もふけているだろう。
遅くなった言い訳を何か考えないといけない。
この話そのまましても信じてもらえそうにもないから・・・・。


戻る