
ガイドの仕事はお客様が空港についた時から始まると思っていらっしゃる方がほとんどですが、実はそれはとんでもない間違いです。
この道○十年というベテランの先輩であればそんなことも可能でしょうが、私たち3年生ぐらいではとてもそんなわけにはいきません。
一つ仕事が決まるとその瞬間から準備が始まります。どの県のどのようなお客様か?どのような目的で来られるのか?コースはどうなっているのか?準備することは数限りなくあります。
「こんにちは!」と空港でお客様を迎えるときにはその準備が全て仕上がっている状態でなくてはいけません。特に重要なのはコース。コースによりガイドが話をする時間が決まりますのでその時間内にコースに沿ってご案内できる内容を検討し、ガイドの教本から抜粋し組み立てをしていきます。
あんまりコースに沿った観光案内ばかりだとお客様が飽きてしまい、昼食やその他の下車観光に合わせて休憩する時間や居眠りを楽しむ時間も考えなくてはいけません。観光案内は杓子定規に決められたことだけでなくガイドに集中してもらうためにちょっとしたジョークやクイズなども用意します。コース全体のバランスを考え同じエピソードがダブらないように北海道に来た以上これだけは絶対に覚えておいてほしいことはこことここで案内して、この区間は車の窓から見るものも少ないのでちょっと居眠りなどしてもらおうなどと、結構勝手に決めてはいるけれどとにかく少ない時間でなるべくたくさんの物を見てもらって、北海道を満喫してもらおう北海道を好きになってもらおう。
一生懸命考えます。
前日は緊張と勉強で寝るひまがないくらいです。休みがなく別のお客様のご案内をしてすぐに次のお客様のご案内をするときなど、夜にその準備をします。
いろいろなタイプのガイドがいますが、どのガイドも北海道を楽しんでもらおう、この一点だけは皆共通して考えています。
そのガイドを引き立たせ良い仕事に仕上げるのが旅行会社の添乗員さんです。最近はアルバイトの学生さんが多いのですが、旅行会社の社員の方はやはり違います。なんていうのでしょうか責任感とも統率力とも違う、お客様に対する愛情が違うというのでしょうか、どんなことがあってもこのお客様は私が守る〜みたいなところがあります。
それは7月のはじめ、第一週の金曜日でした。例年この時期は本州からの観光団のお客様が押し寄せ、私たちは休む時間も寝る時間さえなくなるのがこの時期でした。何日も前から準備しなければいけない内容は、ぎりぎりにコースと指示書が届いたため昨晩必死で構成を組み立てた形でちゃんとお客様の満足いく内容かどうかはなはだ不安でした。
空港についてお客様をお迎えして添乗員さんに挨拶をしました。添乗員さんはN観光のSさんという方で20代後半くらいの若い方でした。
お客様が到着しますと私たちは添乗員さんと運転士さんとガイドで極々短い打ち合わせをします。それはバスにお客様を乗せるほんの短い間ですが、コースは事前の指示書と相違ないか、コースの時間配分に無理な点はないか、昼食場所の確認、昼食時間、下車案内の時間配分などをざっと連絡事項のように互いに確認します、時間のかかる場合は次の休憩地点までの暫定のミーティングにして休憩時間を利用します。

その添乗員のSさんは 「このお客様は○○をお仕事としてらっしゃいますので、ライバル会社の話題は一切しないでください。昼食・夕食には××の○○しか出ませんので覚えておいてください。コースの途中で△△が見えてきても何もいわないように。
あと、お客様の名簿をお渡ししておきますが、上から三番目のMさんは言葉にきついところがありますので注意してください。一番下のTさんが幹事さんですので何かあればこの方と相談します。私がいるときは私に言ってください。一番上のUさん、この方が一番偉い方ですが特別扱いされることを嫌いますので何かあるときは私に必ず言ってください。幹事の了解を得た上で私が対処します。」
大変要を得た指示で感心しました。旅行会社の方でも若い方などはまだ経験も少なく単に予約内容の確認とお金を払うためにだけ来ているような方が稀にいらっしゃいますが、とんでもない違いでした。
層雲峡からウトロ、阿寒湖、登別、札幌とバスを進めていく間に、ん〜む、やはりこいつ只者ではない!と再認識しました。客の扱いがうまいのはなんとなくわかるのですが、空港でのミーティングでの話から、Sさんはこのお客様のお仕事をもう何年もやってらして、お客様の性格も何もかも全て承知のかただとばっかり思っていたのです。ところが話してみると、実は担当が急病のためのピンチヒッターで当日空港で顔を合わせたのが始めての全くの初顔合わせだというではありませんか!
私たちの仕事は常に初顔合わせですから、どうやって打ち解けていくかに多大な神経とエネルギーを消耗します。それをSさんはやっている素振りがなかった、というかとても自然にお客様に接していました。
私たちの仕事は常に新しい出会いしかないわけですから、その出会いに費やすエネルギーはそれは大変なものですが、ともすれば気が強いと思われがちです。また意識して強くあらねばお客様に迷惑がかかってしまいます。その反面不自然さからくる誤解などが生じることがあったりして、なかなか難しい仕事です。でもSさんはその不自然さを感じさせないでお客様の中に入っていきました。
Sさんの仕事を見ていて参考になることは一杯ありました。とても書ききれません。
なぜ傘を持っているのに使わないのか、なぜほとんど昼食を食べないのか、なぜ自分の荷物を増やさないのか、いろいろ教わりました。この人との出会いが私の考えを変えてくれました。
一番心に残る言葉が、最後にお客様に挨拶で言っていたこの言葉です。
「私たち添乗員は旅行費用というお客様のお金を預かっています。でももっと大事なお客様の時間を預かっています。お金は稼げばまた増えますが、時間は決して増えません。その預かった時間が有意義なものであったと思える時を皆さんとご一緒できて大変うれしく思います。その演出をしてくれたガイドさん運転士さんともどもお礼をいいます。どうもありがとうございました。」